更新日:2024.03.01
執 筆:整体師 角道征史
わたしたちは、親を選ぶことができない、と言われます。
たまたまそこに生まれてきたのだ、という考え方ですね。
どんな親であったとしても、親の庇護のもとでしか子どもは生きることができません。それで毒親に当たって、親ガチャに失敗したという声を聞くこともあります。
それとは反対に、自分の親を幸せにするために選んで生まれてきたのだ、という人もいます。
どちらが正しいという話ではありません。
どうであろうと、現状をそのまま受け入れるしかありません。
自分の生まれた環境を嘆き、人のせいにしていても仕方ないのです。
なんで自分の親はひどいんだろう、なんで家は貧乏なんだろう、なんでわたしは可愛くないんだろう、なんで…
自分の人生を、人に左右される生き方をしていると、そのストレスで常に消耗し続けてしまいます。
それは自分の人生を人に委ねた生き方。
わたしの人生の主人公は、親でも兄弟でも、友達でもありません。
わたしの人生の主人公はわたしです!
わたしの人生に責任を持ちましょう!
他人に左右されずに、自分で選択して、責任をもってやればいいのです。
人はマイナスのことやプラスのことにフォーカスして、それをクローズアップすることがとても得意です。
こんなひどいことをされた!とか、すごいうれしい!とか…
マイナスのことばかりにとらわれていると、それが永遠のストレスとなって、自分を苦しめることになります。
逆にプラスのことで有頂天になっていると、落とし穴に落ちてしまうという結果に。
ほんとうは等価交換、プラスのこととマイナスのことのバランスは常に取れていて、ただそのことに気づいていないだけなのですね。
マイナスのことがあれば、それに見合うだけのプラスのギフトが必ず存在しているし、プラスのことがあれば、それだけマイナスになっていること、犠牲にしていることがあります。
つまり、わたしを取り巻く環境がこんなにひどいということは、それに見合うだけのギフトが必ず存在しているということです。
マイナスが大きければ大きいほど、プラスのギフトは大きいのです。
そこに一体どんなギフトがあるのでしょうか?
人は自分の価値観やフィルターでものごとを判断しています。
そして自分こそが絶対に正しいという、大きな勘違いをしています。
相手にも違う価値観が存在していて、大切にしているものが自分とは違うということに、全く気付いていないのですね。
これは自分にも、相手にも当てはまります。
親が言うこと、兄弟が言うこと、先生が言うこと、友達が言うこと、上司が言うこと、社会が言うこと…それぞれの価値観を訴えているだけなのです。
それを聞いて受け入れるかどうかはわたし次第。
「そういうふうに考えているんだな。」と受け止めるだけでいいのです。
それを受け入れるかどうかはわたし次第、わたしが人生の主人公です。
そしてそれと同様に、相手にも相手の人生があります。
自分の感じたこと、思ったことを伝えるのは構いませんが、相手の選択を尊重しましょう。
主人公はその人本人ですから、選択権は相手にあるのです。
人に左右される必要はないし、逆に人を支配する必要もありません。
お互い尊重し合いながら、楽しんでいきましょう!